やっとというべきか、CCCD(Copy Control Compact Disc)が廃止の方向になってきました。
大歓迎。なんせ、変な規格のパッケージを買わされるのが面白くなかったので。
「コピーされないようにすればCDが売れる」というのは、CDというパッケージを売るという観点では一つの、苦肉の策ではありますが、考えとしてはありだと思います。
しかし、「音楽」の本質から考えるとちょっと安易な選択だったと思います。
多くの人々は「パッケージが欲しい」のではなくなんらかの手段で「音楽を聴きたい」わけです。(念のため書きますが、「パッケージ」を収集することを生き甲斐にしている人も少なからずいます。何を隠そう、僕にもその傾向あります。)
CCCDだからという理由で買うのをやめる人は出ても、ダビングができない仕様なのでダビングすることをあきらめて、その結果、CCCDを買う人なんて、ほとんどいなかったと思います。
音楽というのは「瞬間の芸術」です。それが録音という技術が発明されたことによって、レコードやCDというパッケージに閉じこめられるようになったわけです。そのパッケージが「商品」として流通し、それをものすごい数の人が購入するというビジネスが確立してから、だいたい半世紀くらいという中でこのようなことが起きているわけです。
Avexの「内紛」がありましたが、とっても簡単にいうと、レコードビジネスを、音楽の入った「パッケージ」をいかにしてどれだけ多くの人に買ってもらうかというように流通業的に捉えるか、「パッケージ」という形態にこだわらず「瞬間の芸術」である音楽を提供する対価をなんらかの手段で回収できれば良いと捉えるか、この差が抜き差しならない状態になったということだったように、外から見ると感じます。
結果として、今、「パッケージ至上主義」を否定する方向に舵を切って、Avexは走り始めています。
50年以上持つビジネスモデルはそうそうないという話が、「レコードビジネス」においても証明されたいうことなんでしょうか。
#ダメだ、まとまらない。。
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